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コラムで綴るあいち

2025年12月19日 更新

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あいちの歴史旅 ~三英傑ゆかりの地を巡る~

運命的なクロスロード

日本の歴史の中で重要な役割を果たす愛知出身の戦国武将、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康。 のちに三英傑と呼ばれる三人も、駆け出しの時代があった。
岡崎城で誕生した家康は6歳のころ、信長の父である信秀の人質として熱田の加藤家に預けられた。当時、信長は14歳。 数年後に家康の人質が解け、ふたりは対等の関係として同盟を結んでいる。また、信長が清洲城主となった21歳の頃、木下藤吉郎(豊臣秀吉)は18歳で小者として仕えた。
三人の人生はクロスしながら、天下への道を駆け上がってゆく。

  • 国宝犬山城
  • 岡崎城
  • 清州城

三人の生きた証に触れよ

愛知県には、三英傑をはじめ、愛知出身の戦国武将の史跡、城郭、出土品が数多く遺されている。 例えば、国宝犬山城は信長・秀吉・家康が奪い合い、歴史の荒波で生き残った城だ。天守最上階からの眺めはとくに素晴らしく、天下をとった気分がどういうものかを想像させる。
また信長が初めて一から築いた小牧山城は、 三人が同時期に居合わせた地であり、各々の城や戦の考え方を垣間見ることのできる場所だ。信長は、城を中心としたまちづくりの構想を持っていた。その城のあり方は秀吉にも影響を与え、築城における戦略を確立していった。
信長亡き後、秀吉と家康が直接対峙した唯一の戦い「小牧・長久手の戦い」では、家康が秀吉を迎え撃つため、信長の城の一部を改修し、わずか五日間で堀と土塁をめぐらせ、要所に砦を築くなど、堅固な城に造り変えた。
権力をアピールするための信長の城、 攻めにくく守りに強い家康の城がひとつになった小牧山城の遺構は、 ぜひ現地で確認してみてほしい。

  • 小牧山城

三者三様の生きざまを感じよ

また、信長と家康といえば、ふたりが連合軍として武田軍と戦った「長篠・設楽原の戦い」も興味深い。「設楽原歴史資料館」の周辺は、鉄砲隊が活躍した馬防柵や信玄塚などが見られる。設楽原歴史資料館の屋上からは、長篠合戦図屏風に描かれた場所が一望できるため、戦を脳内リプレイする楽しみもあり、歴史ファンならたまらない場所だ。
まだ何者でもない青年三人が天下に向かって駆け抜けた地、愛知。物語の舞台に出かけ、その時代の雰囲気を感じてみてほしい。

  • 長篠合戦のぼりまつり
    関係将士の紋入のぼり数千本を献植。 合戦行列、火縄銃演武などもあり。
  • 設楽原決戦場まつり
    戦死者の供養や地域の子ども達の決戦再現劇が 行われる。

織田信長ゆかりの地

稲沢市、愛西市

勝幡城跡(織田信長生誕の地)・幼少期の信長像

勝幡城は、愛知県稲沢市から愛西市にまたがる地域にあったとされる城で、織田信定(信長の祖父)によって築かれました。城といっても天守閣を持つ城ではなく、館の周りを土塁や堀などで囲ったものでした。
信長は1534年にこの城で生まれたと言われています。現在、城跡には石碑や説明板が建てられ、近くの勝幡駅前広場では推定復元模型や幼少期の信長像を見ることができます。

住所
稲沢市平和町城之内地区(勝幡城跡)
愛西市勝幡町五俵入2266番地4(名鉄津島線 勝幡駅)
  • 勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像

    勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像

  • 勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像

    勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像

  • 勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像

    勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像

  • 勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像
  • 勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像
  • 勝幡城跡(織田信長、生誕の地)・幼少期の信長像

スポット詳細を見る

清須市

清洲城

織田信長公の天下取りの出発点であり、武将たちの重要拠点となった「清洲城」。実際には清洲公園の場所にあったと言われています。平成元(1989)年、金色に輝く鯱を屋根にいただく4層の「清洲城天主閣」を再建。戦国時代の清洲城下の喧騒や武将たちの暮らしなど清須の全貌を体感したり、火縄銃体験、甲冑の試着など、戦国時代が身近に感じる仕掛けがいっぱい。

住所
清須市朝日城屋敷1-1

名古屋市

熱田神宮

熱田神宮は「熱田さん」の名で古くから崇敬を集める名社。桶狭間の戦いの際に願文を奏し、戦勝後にはそのお礼として奉納された「信長塀」も見どころです。静かな参道を拝殿目指して歩くだけで、身が清められるような清浄な空気に満たされています。拝殿の奥に見える社殿が本殿で、ここにご祭神である熱田大神が鎮まっています。

住所
名古屋市熱田区神宮1丁目1番1号

豊臣秀吉ゆかりの地

名古屋市

常泉寺(秀吉公産湯の井戸)

名古屋市にある、日蓮宗の寺院。もっともその名を有名にしているのは、豊臣秀吉生誕の地というエピソードでしょう。豊国大明神の廟堂として創建。産湯の井戸やお手植えの柊も残っています。
御神体は豊太閤の肖像束帯唐冠で、当初は大阪城にあったものを加藤清正が現在の地に鎮座し、奉りました。

住所
名古屋市中村区中村町木下屋敷47

名古屋市

豊國神社・中村公園

明治18年、豊臣秀吉公の生誕地、尾張中村(現・名古屋市中村区)に創建されました。豊臣秀吉公を御祭神に、摂社では加藤清正公をお祀りしてます。出世・開運・茶道・建設の神として地元中村をはじめ全国からも多くの人たちが参拝に訪れます。

住所
名古屋市中村区中村町木下屋敷 中村公園内

名古屋市

名古屋市秀吉清正記念館

名古屋市中村区が生んだ武将、豊臣秀吉と加藤清正。この2人に関する資料を収集し、展示する歴史博物館。日本の歴史を尾張という地域に集中するかたちでより詳しく学ぶことができます。

住所
名古屋市中村区中村町茶ノ木25 中村公園文化プラザ2階

徳川家康ゆかりの地

新城市

鳳来寺

広忠公と於大の方が祈願し家康を授かったと伝えられる鳳来寺。鳳来寺山の麓から1425段の石段が続く長い参道には、樹齢800年、高さ60mにもなる傘杉などの見どころがあり、石段を上るごとに広がりを見せる奥三河の自然の風景は癒し効果絶大。徳川家光公によって慶安4(1651)年に建立された仁王門は国の重要文化財です。

住所
新城市門谷字鳳来寺1

岡崎市

岡崎城

徳川家康の出生の城として知られている岡崎城は、昭和34年(1959年)にほぼ昔通りの外観を持つ天守が復興され、歴史資料館として公開されています。約10ヘクタールの広大な岡崎城公園の敷地に、家康公や本多忠勝などの銅像、家康と三河武士の生きざまを展示した「三河武士のやかた家康館」などがあり、歴史ロマンあふれる岡崎のシンボルとなっています。

住所
岡崎市康生町561-1

名古屋市

名古屋城・名古屋城本丸御殿

名古屋を代表する観光スポットといえば、筆頭として挙げられるのが名古屋城でしょう。慶長15年(1610)、徳川家康公が天下統一の最後の布石として築城開始したのがこの名古屋城で、以来徳川御三家のひとつに数えられる尾張徳川家の居城とされてきた歴史を持っています。

住所
名古屋市中区本丸1-1

岡崎市

大樹寺

室町時代の文明7(1475)年に、松平家4代松平親忠が戦死者供養のため創建した、松平家・徳川将軍家の菩提寺として知られています。
東海地方随一の美しさと称えられる多宝塔や、冷泉為恭の描いた障壁画などの重要文化財のほか、松平8代の墓や家康公の木像、徳川歴代将軍の等身大の位牌が安置されています。

住所
岡崎市鴨田町字広元5ー1

徳川のルーツ 松平氏発祥の地「松平郷」

豊田市

松平東照宮

松平氏の発祥地であり、自然の景観に恵まれた松平郷

徳川家康公と、松平氏の始祖・松平親氏公を祀る神社。神社の敷地はかつては松平氏の屋敷があった場所でもあり、家康公も産湯として用いたと言われる井戸が遺されており、「産湯の井戸」として不老長寿や安産に御利益があるとされ、御神水として参拝者に授与されています。

住所
豊田市松平町赤原13

豊田市

高月院

徳川家康のルーツである松平氏の菩提寺である高月院は、松平郷園地内にあり、静謐な雰囲気が気持ちを凛とさせてくれます。元の寺号は「寂静寺」。徳川家康(竹千代)による、書「花月一窓(非公開)」を所蔵しています。

住所
豊田市松平町寒ケ入44

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